染部門とは業界で「染匠」と呼ばれるプロデュース業のことです。京友禅は専門性を持った職人芸の集合体のようなものなので、それぞれの職人さんの主観で仕事をすると全体的にまとまりのない着物ができてしまいます。そこでそれを取り仕切る染匠が必要になってきます。
本来、刺繍と染は孤立した分野であり、現在の着物は友禅染でほぼ完成されたものか、無地や暈し染のみで柄は金彩刺繍のみというものがほとんどです。当店の着物は刺繍工房と染工房が店内にある特性を生かし、染が強く主張することなく、むしろ、バックグラウンドに徹する事により、刺繍の効果が最大限発揮できる表現技法が特徴と言えます。具体的には糊疋田や糊白上げ、単彩の糸目反禅にこれらの下地に対して社内にある製版機を使った金彩技法を駆使し最後に刺繍で立体的に表現すると言った感じで仕上げられています。

1.下絵(ウスアタリ)
まず図案を元に生地にウスイ青花で大まかな位置をとってゆきます。この時、柄の高さや大きさを立体的に確認し誤りがあれば修正します。青花がウスイので、柄はすぐ消せます。また、描き上がってから修正するには生地に多量の水分を与えて消すため生地が縮んでしまい合口が合いづらくなります。
 


2.下絵
出来上がり寸法に仮仕立てされた着物を(下絵羽)に水でうすめた青花(最近ではほとんど化学青花)で位置をとります。この時点で柄の位置や大きさ高さを確認します。次に濃い青花でその部分を書きおこしていきます。下絵は次の糊置で消えてしまいますが、着物の工程上最も重要な部門でこの工程が終われば6割進んだと言う人もいるぐらいです。
 


3.糸目糊置(糊伏)
ゴム糸目でふちどられた柄を伏せ糊(もち粉とヌカ粉の混合物)で伏せてゆきます。表現によっては真糊(赤糸目)やロウ伏せも使用することがあります。地色の修正が効くことや細かくシャープな線が出せるという点で、ゴム糊での糊置がメインになってきました。
 
 


4.地染
糊状された生地を張り木にかけて引っ張り刷毛でかすらせる様にして染めてゆきます。伏せられた糊の質は職人の調合具合によってまちまちなので、地入(前処理)の段階で柄の中に地入液がどの程度浸み込んでいるか確認します。ひどく浸み込んで入れば再度地入を行わねばなりません。

地入が乾けば色合わせされた染料を刷毛で継ぎ目が分からない様、染めてゆきます。生地の表裏を糊を傷めないよう刷毛でなで返し、最後にガスの火で軽く炙って余分な水分を飛ばします。その後1日かけて自然乾燥させます。
   
         
       


5.蒸・水元
平均5、6反の生地をカンに引掛けて30〜50分間蒸します。地色の場合は何度も掛け替えをして均一に蒸気があたる様にします。

蒸し上がった生地には、未固着と染料と糊が付着しているので水に浸けて取り除いておかねばなりません。絹は水にぬれている時がもっともデリケートで、この事で生じるスレ、オレなどは一生キズになってします可能性があるので慎重に行ないます。当店でも急な仕事やもう少し浸けたいと思う時は店内で水元 をする時があります。普段は市内にある蒸工場でお願いしております。
 
(→右画像) 引染が完了し蒸し水元の工程で伏糊がとれた状態。次の工程の彩色に入る前に糊の割れによる染料のにじみを点検し、あればその部分を地直し屋で抜染します。
 


6.地入
地入とは、友禅地入の事で布海苔や豆汁などの糊料を刷毛で引く事を言います。染色業界では主に前処理と呼ばれます。地入をする事によって、染料が糸目からにじみ出すのを防いだり、糊料が生地に含まれる事によって染料が生地にゆっくり染着させる効果によって乾燥中に染料が生地端に移行する耳たまりを防止し、ムラなく均一に染める事ができます。

写真は、糊糸目の場合ですが、ゴム糸目は先に地染をし蒸し水元が完了してから行います。
 


7.友禅(彩色)
糸目によってフチどられた柄に筆や刷毛で染料を彩色してゆきます。この時、模様から染料や胡粉がにじみ出ない様、生地の裏から電熱器(昔は炭火)で軽く水分をとばします。広い面積などの彩色の場合、電熱を使うと、斑になる為自然乾燥させます。写真の場合筆での彩色ですが、暈しや広い面積は片羽刷毛や丸刷毛を使用します。彩色で大切なことは斑なくきれいに彩色する事はもちろんの事、着物の出来の良し悪しを決める配色が上手く組めるかがポイントになります。
 
 


8.蒸・揮発精洗・水元
ゴム糸目の場合 糊が油性ですから有機溶剤で洗わなければ糊がとれません。蒸し工程が終われば、次にこの揮発精洗(水洗)でゴム糊を除去し最後に未固着の染料を流すため水元をします。加工によってロウケツ染を併用している物もあり、ロウは蒸しの工程で溶けてしまうので、蒸しの前に揮発精洗を行ないます。その後 蒸し、水元をして仕上げます。糊糸目の場合、先に友禅をしてから地染なので蒸し、水元で伏せ糊を落として仕上げます。
 


9.湯のし
蒸工程を経た反物は水を通している為縮んでいます。後の金彩や刺繍を行なう前に湯のしで一度同じ幅にそろえなくてはなりません。湯のしは製作工程の中で最初は白生地の状態で1回、蒸工程で2回、刺繍が完了し、台張りのシワを延ばす仕上げで3回も行なうことになります。又、最後の仕上げの湯のしでは風合いを良く仕上げる為に柔軟加工付の湯のしを行なう事もあります。


10.金彩(型入れ)
金彩では、金糸目と同様 型紙を使って金彩で柄を入れます。この時、型紙の柄がのると都合が悪い場合、縁蓋という青いビニールテープをカッターで切り抜いてマスキングしてやる必要があります。
 


11.金彩(箔糸目)
糊で防染された柄の輪郭の上に筒で金糊を凹凸がないよう置き、その後金箔を貼ってゆきます。この写真の場合、箔糸目ですが、表現の幅を持たせる為、金粉を糊で練った練金筆を用いた金泥描きなども併用します。
  



12.補正
着物の制作行程は同じ行程が重複したとして約20工程ほどあります。ほとんどの行程を手作業で行うため、何らかの事故が必ずと言ってもいいほど発生します。無地染めの反物に刺繍などの行程が少ない物には発生率が少なく、加工度の高い物(何度も蒸し,水元を繰り返したり,糊を置き直したりしたり,色掛け をした複雑な物)は高くなります。
この場合、地直し屋にお願いする事になります。通常、お願いするタイミングとしては商品が完成し、仮絵羽の前に依頼します。地染め完了し彩色の段階で色飛びがあれば、蒸し前に処理します。先彩色の場合は後で地染めを行いますので先に処理をすると、その箇所だけ染め付きが変わりますので触らずに放置しておき,最後に処理します。
地直しといっても、汗抜きやシミ落とし専門や紋抜きが上手な所、色焼けや,ハキ合わせの上手な所があり殆どの染匠は3.4軒の地直し屋に症状によって分けて依頼しています。



13.刺繍
染め部門で行われる刺繍は主に刺繍のみで柄を表現する『素縫い』に対し、金彩まで完成された着物のメインとなる箇所に刺繍で立体的な表現をする『あしらい』があります。友禅染めで完成された着物にはあしらいが多く使われ、素縫いに比べて刺繍の量が少ない場合が多いです。予算にも依りますが、染めの加工度が重いきものには刺繍の効果があまり得られないので、染めの特徴を損ねない様最小限の量ですませます。
又、刺繍の効果を最大限に生かすために全体的にぼやけた配色や 刺繍がはいるであろう箇所は無地で染めておき当店の特徴のある金彩と刺繍で豪華に見せる場合もあります。着物の完成品を10とするならば、染めで9の出来であれば1の割合で刺繍を、逆に染めが3であれば7の刺繍を入れます。10を超えると、何か付け足したようになり、全体的にくどい印象を与えます。
このように刺繍の入れ加減は先方の意向と予算と量を甘くバランスさせなければなりません。
 


14.仮絵羽
仮絵羽には、下絵羽と上絵羽があります。下絵羽は白生地をでき上がり寸法に仮仕立てします。次の工程で下絵士が青花で描いて糊置に渡るのでハ掛や袖は折りかえさないのが特徴です。この地味な感じの下絵羽ですが、この寸法がいいかげんだとでき上がりに柄が合わなくなったり、寸法が足りなくなったりと致命的なトラブルにつながります。

上絵羽はでき上がった反物を裁断し、でき上がり寸法より5分〜7分ぐらい広めに仮仕立をします。これは商品の運搬中、箱や暈で絵羽の角がこすれて傷が付く可能性をなくす為です。上絵羽は最後の工程でありこれがないと着物にならない重要な工程であります。